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ドーンと胸を撃ち抜かれた!〜池川明さんのプチお話し会に参加|池川哲学から見る「愛」とは

「愛とは何ですか?」

突然ですが、皆さんは、これを問われたら、どう答えますか?

先日、胎内記憶の研究で知られる池川明さんのお話し会に参加させていただきました。

30〜40分くらいの短い時間でしたが、最新の情報を交え、エッセンスがギュッと詰まった内容をお聞かせくださった。

たくさんの気付きや学びをいただきましたが、今回はその中でも、愛の定義についての内容をご紹介します。

あ、愛と言っても、男女の愛とかではなく、もっと広い、普遍的な愛です。

目次

私たちは、そもそも愛の塊

池川先生が語られた内容は、胎内記憶を持つ子供たちの声をインタビューしていく中で、培われていった、池川哲学といっても良いと僕は思います。

その中から、愛の定義について語られました。

愛とは繋がること

話は続きます。

この宇宙にある物質を思い浮かべてください。

ご存知の通り、物質は原子と電子が繋がることで成り立っています。

だから、物質は愛そのものと言えるんです。

その物質同士が繋がって、細胞を構成し、その細胞同士が繋がって私たちの体は構成されています。

だから、私たちは愛の塊なんです

その愛を、さらに次の繋がりへと広げていくのが私たちの役目なんです、と。

愛を構成する3つの要素

もう一つ、愛の構成要素についてのお話しもありました。

3つの要素から成り立つのだそうです。

  • 存在の受容
  • 全幅の信頼
  • 応援すること

「存在の受容」は、その人がいることにOKが出せているというか、邪魔者扱いや除け者にされていないことでしょうか。

無理矢理に言語化してますので、上手いこと受け取ってください(笑)

「全幅の信頼」は、その人が例え何をしようが全てにおいて信頼することです。その人がする事柄によって信頼したりしなかったりするのは違います。

「応援すること」は、そのままですね。とはいえ、具体的な応援だけでなく、ちょっと声を掛ける。黙って見守ることだって時に立派な応援になりますよね。

受容/信頼/応援の3要素。

確かに、これのどれか一つが失われただけでも、「愛されてない」という感覚を味わったことがある方は多いのではないでしょうか。

一方で、どうしたら愛せるかが今一つ不明確という場合には、この3つの要素を見直してみると良いかもしれません。

愛されなかった体験を癒す

さて、私たちは愛されたい生き物でもあります。

「あの時、愛されなかった」

生きていると、どうしても、そう感じる体験を味わうことは、避けられないでしょう。殆どの人が。

そんな私たちにできることは、本当はそこに愛があったんだと自分で気づいていくことしか、そこを癒す術は無いと仰っていました。

具体的には、こんな話をしてくださいました。

例えば30年くらい前まで、「赤ちゃんにスキンシップを沢山すると、甘え癖のある子供に育つから、抱っこは控えるように」と一般に言われていたそうです。

ということは、「我が子の幸せのために」と、抱っこすることをグッと堪えて我慢したお母さんも沢山いた筈。

それは、子供の立場からしたら、愛されなかったと感じたかもしれません。でも、母親の立場では、抱っこをしないことが愛情表現だった。

現代の感覚からすれば、それが不完全であったかもしれませんが。そういうことに気づいて肚落ちさせていくことが必要なんだということなんですね。

まとめ

胎内記憶で知られる池川明先生のお話し会に参加して、その中で特に印象に残った、愛についての内容をまとめてみました。

僕としては「私たちは愛の塊なんです!」って池川先生のセリフを耳にした瞬間に、胸をドーンと撃ち抜かれたような衝撃を味わいました。顔には出ませんでしたが(笑)

全ての人は、自分が本当の意味で幸せになるために最適な人生を選んできている。

先生は、このことも繰り返し仰っていました。

もし、今、味わっている不本意な体験があったとしても、本当は自分の幸せのために望んでやっていることなのかもしれませんね。

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