生きながらに生まれ変わる|第2の死を人生に取り入れると、魂から喜べる人生を生きれるようになる

僕は、一般的に言われている「死」と、もう一つの「死」があると感じています。

結論から言うと、その二つ目というのは「内面的な死」とか「霊的な死」みたいなものです。「エゴの死」みたいに表現されることもあります。

少し柔らかい表現をすると、大事にしてきたが古くなってしまった価値観を(勇気を持って)手放すような体験です。

僕は、これについては、一般的な死のように距離を置かず、無理のない範囲で、積極的に受け入れたり取り入れたりしていくのが良いと考えています。

そうしている人たちの姿を見るにつけ、そう感じています。

どんな変化が起きるのか、から見ていきましょう。

目次

生きながらに転生した後の変化

生きながらに生まれ変わる。

これを経験した人の共通点があります。

  • より、自分の本質から生きられるようになる
  • 年齢を超えた若々しさや美しさが得られる(実際、若返る人も多い)
  • 存在感が増す
  • 男女を問わず、生き様や在りように、ある種の美しさが醸し出されるようになる
  • 主観的には生き易くなる

有名な逸話

今回の「死」のストーリーに相応しい逸話があります。

浄土真宗の開祖・親鸞の「磯長の夢告」と呼ばれるものです。

(僕は特に浄土真宗に関わりはありませんが。)

親鸞が19歳の時のこと。彼の夢に聖徳太子が現れ、「およそ10年後に死ぬ」と予告されるということがありました。

ちょうど、その10年後、親鸞は、法然との出会いを通じて、それまでとは生き方を大きく変えることになりました。

それまでの厳しい修行の仕方とは異なる、全く新しい道を歩み始めることになりました。

それまでの生き方が変わり、霊的に目醒めるということを、「死」という表現を通じて予告されたということです。

聖書にあるイエスの磔刑、そして復活というストーリーも、象徴的に見れば同じですよね。

生きながらに生まれ変わるために

私たちが、こういった死を迎える時、どんなことが起きるのでしょうか。

価値観を大きく揺さぶられる出来事を体験する

近年のことでは、社会的にはパンデミックや震災などが挙げれれます。

もちろん、個人的な体験の中から起きることもあるでしょう。

大事故や大病などから(奇跡的に)生還する

実際、身近にも、旅行先で交通事故に遭い、心停止になるほどのところから生還した友人がいます。

まさに、先ほどのような変化を起こしている人を目の当たりにしています。

葛藤は生まれ変わる為にある

以上のように、一生に何度もないような出来事がきっかけになることはあります。

とはいえ、これは、決して多くの方が体験されるわけではありません。有り難いことに。

では、私たちにできることはあるのでしょうか?

これは、日常の中の葛藤を通じて起きてきます。

今の生き方、働き方で良いのだろうか?

なぜ、このような苦しみを味わねばならなかったのだろうか?

葛藤などは、避けたくなるものですが、生まれ変わりを起こす通過儀礼のようなものと捉えて向き合ったりしていると、今回のテーマのような変化へと繋がります。

(葛藤は、生きながらにして生まれ変わる為に起きてくると言っても過言ではないです。)

個人セッションに応じさせていただいていても、大きな葛藤の中に入った方が、抜け出した直後に、突然、大きく花開くという場面に何度も出会っています。

断捨離で価値観の死を(安全に)起こす

不要になったものを手放す。断捨離などと呼ばれるものに注目が集まっていますね。

断捨離として、大事にしていたものを手放す。

このことによって、意図的に「価値観の死」を起こしているとも言えます。

ある意味では、これが一番、安全な方法の一つかもしれませんね。

実際、第2の死の通過を(ある種、積極的に)受け入れて来ている方々は、断捨離のようなことも日常的に行っている傾向があるようです。少なくとも僕の周りは。

まとめ

「生きながらにして生まれ変わる」ことの価値について書きました。

「風の時代」という言葉で象徴されるこれからの時代は、こういった生まれ変わりを経て、より人間として大きく成長していくことこそが、成功の鍵になってくる時代になります。

とはいえ、葛藤を抱えているというのは、一人では大変なもの。

適宜、相談業をされている方を積極的に活用すると、短時間で、楽に効果的に生まれ変われますよ。

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