「1、2、3、4、5、はい! 今、どんな場面ですか?」
僕は言葉を失、慟哭していました。
◆ ◇ ◆
ヒプノセラピーというのをご存じでしょうか。日本語にすると催眠療法です。
今回は、先日受けたヒプノセラピーの体験記です。コーチ仲間でもある、中村りえちゃんに依頼。終わってみれば、新しい自分に出会うような体験になりました。
▼りえちゃんのヒプノセラピーのご案内
セラピーの簡単なご紹介
ヒプノセラピーについて、簡単にですが、僕なりにご紹介します。
「変性意識状態」と呼ばれる特殊な意識状態に誘導して行われるセラピーです。その中でクライアントは通常の意識状態では味わえないような「体験」をします。それによって、現状の問題や課題が癒やされたりすることが起きてくるものです。医療の現場でも保険の点数が付くので、それだけ広く認知されている手法でもあります。
ここは多分に僕の解釈になりますが。変性意識状態に入ると、クライアントの顕在意識の活動が低下します。その分、潜在意識(無意識)の動きが明確になり、そちらからの情報・メッセージを引き出しやすくなります。こうすることで心の自然治癒力が働くようです。
潜在意識にあるものを顕在意識にも受け取れる状態を作るというのが僕のイメージ。起きているけど夢を見ているといった感覚です。
なお、変性意識状態に入るためには、深くリラックスすることが肝要なんです。そのため、リラックス状態に導くための工夫が随所に凝らされています。仮に思うような体験にならなくても、普段は味わえないようなリラックス体験ができますよ。
前半は対話パート
基本的にセッションの時系列で振り返ってみましょう。
セッションは2時間半ほどの構成でした。
対話のパートと、催眠のパートと、大きく2つのパートで進められます。
前半の対話のパートでは、今回、セッションを受けることになった背景から始まり、これまでの人生を振り返りがメイン。
まとまりもなく、問われるまま、思いつくままに話を聴いてもらいました。何を話したのかは、今となってはよく覚えていません(笑)
このようにして、意識を少しずつ過去に向けていき、催眠パートへの準備運動という機能を果たしているのかな、なんて思ったり。ここは、りえちゃんのコーチ特性が遺憾無く発揮。丁寧に話を聴いてもらえて、それだけで癒しの時間でした。
催眠パートでは、次の2つのコースがありました。
- 幸福な幼少期を思い出す
- 前世を思い出す
セッション開始の段階では、どちらでもいいかなって思ってました。でも、対話を終えた時点の直感で、前世のほうを選ぶことにしました。りえちゃんのほうも「私も直感的に前世のほうかな、って思います」ということで、意見が一致しました。
ユダヤの青年
りえちゃんの誘導が始まりました。誘導に導かれていくと、次第に身体の力が抜けていきます。
誘導が進んでいく中で見えてきたのは、乾いた大地と、遠くに見える大きな湖でした。
その景色を見ている男性が僕の前世のようです。僕は直感で古代のユダヤ人だなと感じました。もしかしたら紀元前かも。見えている湖はガリラヤ湖(ガリラヤ湖のWikipedia)でしょう。
その人物の名前まではハッキリしませんでしたが、ひとまず「ティム」としましょう。ティムは、そこに裸足で立っていました。割とスラっとした体型の男性。靴を履く文化ではないのかもしれません。
りえちゃんの誘導に導かれて、色んなことが判明してきます。
- 結婚している(相手は今の妻?)
- 特段、良好な夫婦仲ではない。
- ティムはとても寡黙なので、そのことも影響してそう。
- 土壁の素朴な家屋に住んでいる。家の中は涼しいが窓が少ないので薄暗い。
- 双子と思しき2歳か3歳くらいの子供がいる(現世で思い当たる人はいない)
ある程度、状況が見えてきたところで場面を次に進めることになります。
りえちゃん「では、この人生の節目になる出来事に進んでいきましょう。今から数字を数えますね……」
カウントダウンが始まった段階で、すでに気持ちは揺れ始めていました。「その場面に進みたくない!」そう、心は反応していました。何かを予感していたのです。
節目となる大きな出来事
りえちゃん「……4、5、はい! 今、どんな場面ですか?」
その場面に移ったら、僕は言葉が詰まってしまいました。深く慟哭していたのです。
住んでいた家が火事になったのか何なのかハッキリしませんでした。ハッキリしていることは2人の可愛い子供を一度に失ってしまったということです。
りえちゃんが状況を話すように促してくれますが、ショック状態で言葉が出てきません。とはいえ状況を伝えなければセッションも進みませんから、仕方なく客観的に話せる今の僕が状況を伝える形にして、場面を進めてもらいました。
その後、ティムは驚きの決断をしました。
「もう、人と繋がるのはやめよう」
これ以上、繋がりが断たれる体験をしたくないという一心だったようです。
事故に巻き込まれなかった妻も実家に戻し、以降、天涯孤独を貫きます。もちろん、食料を手に入れるときなど、人と接することはあります。でも「繋がる」ことに至る要素は全て排除。最小限のコミュニケーションで終わらせるようにしていました。周りから見れば、相当な変わり者に写ったかもしれません。
そうこうして、セッションは死を迎える場面に移ってきました。
そこでも独りでした。洞窟に横たわって、焚き火の炎を見つめながら意識が遠のいていくのを感じている場面でした。
興味深いことに、達成感を味わっていました。「人と繋がらない」というコミットを達成した満足感だったのです。
僕自身、こういう満足感というのもあるんだ、と思いながら、その場面を見守っていました。
どうやっても繋がりはある
セッションは、まだ続きます。「死んだ後の体験」にも入っていったのです。
身体を離れて宙に浮いているような状態のところで、りえちゃんに「誰か来ましたか?」と問われました。
「誰かが来るって?」
ティムは「全ての繋がりを切ったのだから、誰も来るわけがない」と考えています。
しかし、その思いに反して、上のほうから天使のような人が現れたのです。
その時、ティムは苦笑いしながら「なあんだ」と思っていました。
「結局、どうあっても繋がりは必ずあるのか……」
その天使が来たということは、独りで死んだティムのことを知っていたわけです。ということはつまり……。
繋がりを断ち切ることをやり遂げたと思っていたティムとしては、負けを認めるような瞬間でした。でも、妙に胸が暖かくなる感覚を味わっているようでした。
僕にとっての今回の意義
前世療法と呼ばれている手法ですが、僕は前世という名のメタファーくらいの距離感でいます。本当に前世かどうかということは、どちらでも構わないよね、と考えている。
そんなメタファーとして、今回のセッションをこう解釈しています。
“繋がりが感じられない”という感覚の“死”を迎えている。
今回、お願いした背景として、過去の自己肯定感が低かった頃に身に付けた、反応の癖を変えたいというものがありました。
例えば、どなたかに褒めてもらったような場面。謙遜するのはマナー的には悪くはないこと。でも、自己観察をしていると、いわゆる「自己肯定感が低い」ゆえの反応になっているのが気になっていたのです。
それが物心ついた頃からあった“この世界と自分は分離している”という実感。それが僕の物事への反応パターンを決めている部分があり、それはもう手放してもいいよね。というのが、今回の背景でした。
まとめ
先日受けた、前世療法のレポートでした。
終わってみれば、「繋がり」がテーマとなりました。僕にとっては意外なものがテーマでした。
受けたのは、もう1ヶ月以上になりますが、今にして振り返っても、大きな節目だったんじゃないかと思えてきます。意外なテーマというより、新しい自分との出会いでした。
でも、バーンと大きく変わったというより、静かに、いつの間にか変わっていったという感覚でいます。誰だったか「歴史は音も無くやって来る」みたいなことを言っていましたが、正にそのような体験になりました。
僕もヒプノセラピーの手法を少し学んだことがあります。その実感として、コーチングのスキルを持っている人が、これをするって、ある意味で最強の組み合わせだなって実感があります。
オンラインでの実施をお願いしたので、とても難しいセッションだったんじゃないかと思っています。りえちゃん、ありがとうございました!
関連記事
▼りえちゃんのヒプノセラピーのご案内
▼りえちゃんのウェブサイト
コメント