やりたくないことを、やらないという勇気を持ってみる提案

ど真ん中で生きる
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やるべきことが、やりたいことが違う。
生きていれば、そんな場面に、幾度となく
直面します。

今回は、やりたくないことは、やらなくても
良いんですよ、という提案です。
ちょっと勇気を出して、やりたくないことを
やらないという選択をしてみませんか。

現代の日本人は義務というものに対して、
半ば無自覚に従ってしまう傾向が強いと
思います。それは、根が生真面目だから。
そんな生真面目な傾向にある方に。

他人軸で生きるのはリスクの大きい現代

VUCAという言葉に表される今の時代。

こういう時代は、義務といったような、
人や社会から与えられたものに、ただ従って
生きるというのはリスクが大きいと言えます。

というのは、こういった類のものは、
時代にピッタリとフィットいることは、
往々にして無いからです。
むしろ、変化の速い現代では、一般化された
時点で、陳腐化しているということも
ままあることです。

そんな時代に役立つのは、自分軸で生きること
自分軸で生きることは、良い意味で時代に
合わせずに、自分のど真ん中に従って
生きることです。

やりたくないことはやらない、という姿勢は、
自分軸で生きることの練習にもなり、同時に
実践することでもあります。

物事の真理は中間にある

もちろん、単なる我が儘であったり、
周りの人を安易に傷つけることは
避けたいところです。でも、自分で
思っている以上に、「やりたくない」は
周りに理解してもらえるものです。

もちろん、自分軸が究極ではありません。

物事の真理というのは、往々にして、
極端なところには無く、その中間にある
ものです。だから、今のあり方が、他人軸に
傾き過ぎている傾向がある現代では、
自分軸を意識しておくくらいで丁度良い
というわけです。

自分軸を無視し続けた僕の体験

卑近な例ですが、僕の体験をシェアします。
自分軸を無視し続けた結果、どうなったのか。

僕は、子供の頃から現代の社会システムに
馴染みにくいところがありました。

学校という場は、どうにも居心地が悪いし、
サラリーマンになっても、やっぱり馴染めない。
毎日が違和感で溢れていました。

でも、自分のそういった感覚を大切にして、
例えば不登校をしようとしたり、せめて
たまにでもズル休みしたりということが
できませんでした。
だから、体調不良などの理由がない限りは、
真面目に通学・通勤してきました。
何事も理由が求められる社会ですが、
休む理由が説明できないからでした。
(やりたくないが理由にならないと思っていた)

でも、今思うと、そんな積み重ねが、
後々まで響いてくるんです。

自分軸を無視し続けてた期間は、心に
ワダカマリが次々に溜まっていきます。
それが心の傷やコンプレックスとなって、
その後の僕自身を苛み続けたのです。

それが、コーチングとの出会いを通じて、
少しずつ、その傷やコンプレックスが
解消されていきました。お陰様で。
でも、やはり時間をかけて少しずつ解消
していくことになります。

それを思うと、少し勇気は要りますが、
今、思い切って「やりたくない」を表現する
ことが、結局は、将来の自分を保障すると
いうことになるのではないでしょうか。

最後に

やりたくないことは、少し勇気を出して
やりたくないと言ってみましょう、という
提案でした。自分軸で生きることの練習
くらいの感覚で。

自分軸で生きるために、やりたいことをやる、
ということは大事です。それと同じくらい、
やりたくないことをやらない、ということも
大事ですからね。

でもって、最終的に目指すは孔子の残した
この言葉の境地かもしれません。

心の欲する所に従えども矩(のり)を踰(こ)えず

「自分の思うがままに行なっても、正道から外れない」

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